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大阪高等裁判所 平成元年(う)18号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金五〇万円を追徴する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官渡邉悟朗作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人伊多波重義、同宇賀神直、同財前昌和連名作成の答弁書(一)及び同(二)に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  本件公訴事実と原判決の要旨

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和四六年一〇月大阪府東大阪市議会議員に当選し、引き続き同議員として同議会における質問、質疑、表決及び市政に関する調査等を行う職務を有していたものであるが、同六〇年八月初旬ころ、同市〈住所略〉のし尿浄化槽清掃業者A方において、同市におけるし尿浄化槽清掃作業に関する費用の助成措置等に関して同市議会本会議で、し尿浄化槽清掃業者らに有利な質問をしたこと及び将来も同様右業者らに有利な質問、質疑、表決等をしてもらいたいことに対する謝礼として供与されるものであることを知りながら、右Aから現金五〇万円の供与を受け、もって自己の前記職務に関して収賄したものである。」というのである。

これに対し、原判決は、被告人が、公訴事実記載の日時・場所においてAから現金五〇万円を受け取ったこと、Aが右現金を公訴事実記載のとおりの賄賂として供与したものであることは、いずれもこれを認めることができるが、被告人は、右現金につき、南部地域盆踊り実行委員会主催の盆踊りへの寄付金として受領したものであって、賄賂として供与されたことの認識はなかったと弁解しているところ、この被告人の弁解を排斥して、賄賂性の認識の点を積極的に認定するに足りるだけの証拠は見当たらない旨説示して、被告人に対し無罪を言い渡した。

二  控訴趣意とこれに対する判断

論旨は、要するに、被告人に賄賂性の認識があったことを認めるに足りる証拠は十分に存するというべきであるから、前記のような理由で無罪を言い渡した原判決は、証拠の価値判断、取捨選択を誤った結果、事実を誤認したもので、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、所論及び答弁(双方の当審弁論を含む。)にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果も加えて検討し、以下のとおり判断する。

1  まず、次のような事実は原判決も概ねこのとおり認定するところであり、一部弁護人の主張及び被告人の供述と反する部分もあるが、いずれも関係証拠上疑問の余地がない。

①  被告人は、昭和四六年一〇月日本共産党から東大阪市市議会議員選挙に立候補して初当選して以来、四期連続して当選し、各種常任委員会委員を歴任し、本件当時、し尿処理関係所管の環境経済常任委員会委員長であった。

②  東大阪市の通称西地区(旧布施市に相当する地域)では、公共用下水道の普及率の上昇に伴ってし尿浄化槽(以下、単に「浄化槽」という。)設置者が減少する傾向にあったため、同地区の浄化槽清掃業者(以下、単に「業者」という。)らは、将来仕事が減少して廃業を余儀なくされる事態を懸念し、右清掃業務を市の委託業務とすることによって、市から転廃補償を受けられるようにしたいと考え、そのための当面の布石として、昭和五七年ころから、浄化槽設置者が業者に支払うべき清掃料金の一部を市が負担することによって援助する制度(以下、「助成金制度」という。)の採用を東大阪市に申し入れるなどしていた。

昭和五八年五月浄化槽法(同年法律第四三号)が制定公布され、昭和六〇年一〇月一日から施行されることとなったが、同法が施行されれば、浄化槽設置者に義務付けられる浄化槽の清掃回数がそれまでの年一回から年四回以上に増加する可能性があり、市民の負担増加が予想されていたところ、業者らは、この機会をとらえて、従前生し尿汲取業者が市の委託業務として運用されてきたことによる生し尿汲取世帯と浄化槽設置世帯との負担の格差是正を口実に、助成金制度を採用させるべく、東大阪市議会の公明党の議員らを通じて、市当局と議会に対する工作等を開始した。

③  しかしながら、東大阪市から浄化槽清掃の許可を受けている二七業者によって結成された大阪府衛生管理協同組合東大阪支部(以下、「府協同組合支部」と略称する。)は、同市との交渉に際し、権利能力がないことなどを理由に交渉を打ち切られるなどしたため、前記西地区で浄化槽清掃業を営むAらにおいて、地元九業者を集め、昭和六〇年三月六日法人格を有する東大阪環境事業協同組合(以下、「環境事業組合」と略称する。)を設立し、その相談役にA、理事長にB、副理事長にC、理事にD(いずれも西地区の業者)がそれぞれ就任したうえ、同組合を足場に助成金制度採用に向けての運動を推進するに至った。

④  Aは、昭和六〇年五月中旬ころ、かねて右運動として議会工作等を依頼していた公明党所属の東大阪市議会議員甲野泰博から、同年六月開催予定の同市議会(以下、「六月議会」という。)における右助成金問題の審議に当たり、共産党に反対されないための根回しをしておく必要があり、当時右問題の審議を担当していた環境経済常任委員会の委員長である被告人を懐柔しておくよう示唆されたので、まもなく、被告人と面識のあるDに対し、被告人に対する働きかけを依頼した。

⑤  そこで、Dは、被告人に対し、電話で「浄化槽法の施行により市民の負担が増大するので、公明党の議会での発言に反対しないで、協力してほしい。詳しい事情は、市の担当職員である環境事業部環境整備課のJ課長に聞いてほしい」旨手短かに申し向け、助成金問題についての協力を依頼した。

⑥  被告人は、右Dの依頼を一応了承したものの、その具体的な趣旨内容が分からなかったこともあって、同年六月一〇日ころ議員控室に東大阪市環境事業部次長I及び同部環境整備課長Jを呼び付け、浄化槽をめぐる問題点や現況の説明を求めた。被告人は、当時共産党東大阪市議会議員団の内部決定により六月議会で一般質問に立つことが予定されていたので、その質問の中で浄化槽問題を取り上げることとし、その質問事項の素案を作成したうえで、業者側の説明を聞くため、事前にDに連絡したうえ、まもなく(一〇日すぎころ)府協同組合支部事務所を訪れた。そこで、A、D、Bら環境事業組合幹部四名と会い、同人らの前で右素案を読み上げたが、素案は助成金問題について全く触れておらず、業者らの期待には程遠いものであったため、Aらは、被告人に対し、生し尿汲取世帯との格差是正のために浄化槽設置世帯につき助成金制度が必要である旨をるる説明し、来る六月議会で市当局に対し助成金制度採用の必要性及び浄化槽清掃回数の増加の広報の二点について質問するよう要請した。被告人はAらに対し了解した趣旨に受け取れる応答をしたので(被告人の理解の程度については争いがあるので、ここではこのような外形的事実の指摘にとどめる。)、Aらは、被告人の帰り際に、「よろしくお願いします」「あとでお礼をさせてもらいます」「あんじょうさせてもらいます」などと言い、これに対し、被告人は、「いえいえ」「もうけっこうですよ」などと応じて、笑顔で右事務所を立ち去った。

⑦  その結果、被告人が右依頼を引受けてくれたとの感触をもったAらにおいて、被告人に謝礼として現金五〇万円を贈ることを相談した。

⑧  被告人は、同月二〇日の六月議会の本会議で、一般質問事項の一つとして浄化槽問題を取り上げ(質問事項は、他に老人福祉問題、市民健診問題等があり、合計六項目であった。なお、質問は共産党東大阪市議会議員団の協議にかけて決定されている。)、市当局に対し、(イ)浄化槽法の制定によって、浄化槽の保守点検、清掃等の回数が年一回から年四回以上に増え、市民負担が増加することに対する市の対応方法、(ロ)浄化槽清掃回数の市民への義務付けや宣伝の在り方、について質問した(この質問に対しては、保健衛生部長から、(イ)保守点検、清掃等の回数は現行の指導している回数と異なるところはなく、(ロ)市民にはパンフレット、市政だよりなどによって啓発運動に努める旨の答弁があったが、被告人の再質問は老人福祉問題に終始した。)。

⑨  Aは、翌二一日ころ、被告人が六月議会で依頼の趣旨に沿った質問をした旨聞知したことから、前記⑦のとおり話し合っていた謝礼金五〇万円を被告人に贈ろうとして、Bに対し、その現金五〇万円を準備するよう指示した。そこで、Bは、府協同組合支部事務員Fに指示して、阪奈信用金庫玉川支店の同組合支部名義の預金口座から現金五〇万円の払戻をさせ、Fがこれをのし袋に入れ、さらに茶封筒に入れたものを受け取り、その日のうちに、A方に持参した。Aは、自己が経営する○○興産株式会社(以下、「○○興産」と略称する。)の経理係Gに命じてこれを同会社事務所応接室の金庫に保管し、翌二二日ころ、Dに電話をして、右現金を保管しているので同人から被告人にこれを渡してほしい旨伝えたが、同人が「議会の会期中だから、今すぐ渡すのは具合が悪い」などと言ったため、後日渡すこととして、引き続き右現金を右状態のまま保管していた。

⑩  被告人は、共産党南部地域後援会及びその支援団体等で組織する南部地域盆踊り実行委員会(以下、この委員会を単に「盆踊り委員会」、同委員会の実行する盆踊りを単に「盆踊り」という。)にも関係しているところ、同年八月初旬ころの午後、盆踊り委員会の委員であるHと共に、盆踊りの寄付金集めにA方(その一階部分には○○興産の事務所及び応接室がある。)を訪れた。Aは、被告人らを一階応接室に通し、テーブルを囲んで盆踊りの寄付金を集めに来た旨の来訪の趣旨を聞くなどしばらく雑談を交わした後、この機会に右現金五〇万円を被告人に贈ろうと考え、Gに指示して右現金五〇万円(以下、「本件金員」ということがある。)在中ののし袋が入っている茶封筒を持って来させ、同所において、茶封筒から本件金員在中ののし袋を取り出し、公訴事実記載の謝礼の趣旨で、被告人にこれを供与した。

2  原判決の説示からも明らかなように、本件金員授受の情況については、Aの原審証言と、被告人の原審公判での弁解及びHの原審証言との間に、顕著な食い違いがある(A及び被告人は、当審においても原審におけると同旨の供述をしている。)。Aは、(イ)被告人に対して本件金員を差し出した際、「組合からのお礼です」又は「組合から預っているお金です」などと言った、(ロ)本件金員を直接被告人に手渡したところ、被告人は礼を言って受け取った後、Hに手渡した、(ハ)その際「○○興産の寄付金は、改めて盆踊り当日に会場に持参する」などと述べた、旨供述しているが、被告人及びHは、(イ)及び(ハ)につき、そのような言葉は一切聞いていない、(ロ)につき、Aは本件金員の入ったのし袋をテーブルの上に置き、そのまましばらく雑談したあと、帰り際にHがこれを手に取って紙袋に入れたのであり、被告人はのし袋には全く手を触れていない、旨供述している。

これらの食い違い点について、原判決は、(1) 関係証拠上、当時Aにしてみれば、素性の知れないHを目前に置いて、被告人から業者のために有利な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨で本件金員を提供するものであることをあからさまに言えない情況にあり、被告人らの右訪問中、浄化槽問題や市議会の動きに関する話題は一切出ていないと認められる、(2) H及びLの各原審証言によれば、本件金員を最後に受け取った盆踊り委員会において、これを○○興産からの寄付金として処理していると認められる、(3) Aの(ハ)の点の供述自体必ずしも終始明確であるとはいいがたい、(4) 昭和六〇年度の盆踊りの際に、Aが○○興産の寄付金を会場に持参したことを確認できるだけの証拠は見当たらない、旨を指摘し、Aの証言を真実と認めるべき確証は未だ見出しがたく、これに抵触する被告人及びHの供述は、一概に排斥しがたいとして、被告人の弁解を前提にして、その賄賂性の認識を論じている。

しかしながら、第一に、Aの供述は、細かい点では若干の動揺があるにせよ、右(イ)(ロ)(ハ)に要約した限度においては、終始一貫していると認められるのに対し(原判決の(3)の指摘が当を得ないことは、控訴趣意書四三頁ないし四五頁に説明されているとおりであるし、Aの当審証言において、このことが一層明瞭になっている。)、被告人は、捜査段階においては、本件金員を受領したこと自体を否定していたのであり(黙秘ではなく、虚偽の否認供述をしていたことは、被告人の原審公判供述でも明らかであるが、当審において取り調べた被告人の検察官に対する弁解録取書《謄本》及び勾留理由開示調書により、このことが一層明瞭になっている。なお、被告人は、本件金員は盆踊り委員会に対する寄付金であり、個人として貰ったものではないから、否認した旨弁解するが、少なくとも授受の現場に居合わせてその事実を目撃しており、Aにとって面識があるのはHではなく自己であることを知っている者の供述としては、虚偽と評価せざるをえない。)、その供述には、根幹的部分における変動があるといわざるをえない。Hについても、被告人が本件で逮捕、勾留されていることを知りつつ、当時捜査官に対し、本件金員は盆踊りの寄付金として自分が受け取った旨の説明をしようとしたことがない、という経緯があり(このことは、Hの原審証言にも出ているが、Kの当審証言によると、当時捜査官が本件金員の行方に関してHから事情聴取しようとして連絡したけれども、その協力を得られなかったことが明らかである。)、同人と被告人の関係からして、その供述が真実であるとすれば、弁護人が当審弁論で指摘する事情を考慮に入れても、かなり不自然なことといわざるをえない。第二に、本件金員は、A個人や○○興産のものではなく、府協同組合支部のものであり、被告人に対し公訴事実記載のような趣旨で供与すべきものとしてAが預かり保管していたものであるから(前記⑦⑨の事実参照)、Aがこれを被告人に渡す際には、その趣旨が伝わるように努めるのが自然であることはいうまでもないところである。関係証拠を精査しても、Aにおいて、被告人もしくは盆踊り委員会に対し、○○興産が五〇万円もの多額の金員を寄付したように装っていい顔をしなければならないような理由は、全く見当たらない。原判決の(1)の指摘に対しては、Aにとって、Hは全く素性が知れない人物というわけではなく、被告人やHの様子や用件の説明等から、被告人が信頼している人物であると判断したことから、厳重な警戒を必要とするとは思わなかったものと推察され、また、Aの供述にあるような簡単な言葉を傍らで小耳にはさんだだけで、Hが本件金員の趣旨を了解することができたとも思われない、ということができる。第三に、被告人及びHは、揃って、本件金員が入ったのし袋は、A方の女性事務員が、被告人、Aらの居た応接間ではなく別の部屋から持って来た旨供述しているが、Gの検察官に対する供述調書及び司法警察員松園茂作成の実況見分調書(抄本)によると、その女性事務員であるGは応接間にある金庫からのし袋を取り出してAに渡したと供述しており、これが現場の状況とも合致し、事実と認められる。また、Hは、同人及び被告人の昭和五九年度の盆踊りの寄付金の募集目標額は二五万円ないし三〇万円であったと供述しているが、押収してある昭和六〇年七月盆踊り関係書類一綴によると、右額は一五万円に過ぎないと認められる(被告人は原審公判で右書類の正確性を前提とした供述をしている。)。このように、被告人及びHの供述には、虚偽と認めるほかない部分がある。第四に、原判決の(4)の指摘に対しては、昭和六〇年度の盆踊りの際に○○興産の寄付金として三万円を会場に持参した旨のAの供述については、昭和五九年度の盆踊りに対する三万円の寄付金ほどの明確な裏付け証拠はないが(昭和五九年度については、○○興産の帳簿に記載されているが、昭和六〇年度については、そのような記載がない。)、Dのこれを裏付ける供述もあるところ、Lの原審証言によれば、昭和六〇年度の盆踊りの会計関係書類は最早存在していないというのであるから、右昭和六〇年度の寄付の事実が疑わしいということはできない(なお、仮に、右寄付の事実が認められないとしても、事後に気が変わったとか、忘却したということもありうるから、直ちにAの(ハ)の供述の信用性が失われるわけではない。)。以上の諸点にかんがみると、原判決の2の指摘はさておくとしても、本件金員授受の情況に関するAの供述は、これに反する被告人及びHの供述にもかかわらず、少なくとも前記(イ)(ロ)(ハ)に要約した限度においては、十分に信用できるというべきである。

3 右2でみたとおり、被告人は、Aから「組合からのお礼です」又は「組合から預っているお金です」などと言われて、本件金員が入ったのし袋を直接手渡され、礼を言って受け取ったこと、そして、その際、Aから「○○興産の寄付金は、改めて盆踊り当日に会場に持参する」などとも告げられたことが認められる。前記1の諸事実に右事実を加えて総合考慮すると、被告人は、本件金員の入ったのし袋を手にした際、その感触及びAの右のような言葉から、かなりの枚数の紙幣が入っていることを当然に察知したはずであって(右感触の点は、経験則上明らかといってよい。なお、当審で取り調べた司法警察員山崎達博作成の実況見分報告書参照)、従前の経緯及び授受の際のAの言葉からして、金額までは分からなかったにせよ、相当多額の金員が公訴事実記載のような趣旨で被告人に供与されるものであることの情を知ったものと優に推認できるというべきである。

4  原判決の説示や弁護人の主張等にかんがみ、さらに若干補足して説明をする。第一に、弁護人は、本件金員は被告人ではなく盆踊り委員会が受領したものである旨主張し、被告人、H及びLがこれに沿う供述をしているが(原判決の前記2の(2)の指摘をも参照)、前記認定のような本件金員授受の情況からすると、これがいったん被告人の所得になったとみるべきことはいうまでもない。前記のとおり、被告人は、捜査段階においては本件金員の受領自体を否定していたのであり(なお、当審で取り調べたJの検察官に対する平成元年五月一一日付供述調書及びBの検察官に対する昭和六二年三月二六日付供述調書によると、被告人は昭和六二年一月下旬ころ、Jに対し、Aから貰ったのは三〇万円であると金額を控え目に告げていることが認められる。)、検察官の手持証拠を知った後の原審公判において、関係者と周到な打ち合わせをしたうえで、本件金員の受領を認めると共に盆踊りの寄付である旨の弁解をするようになったものと推察されるので、本件当日A方を退去してからの本件金員の行方に関する被告人らの供述をそのまま信用することは困難であり(Lの当審証言や預金関係の証拠によっても、被告人らの供述が確実に裏付けられているとまではいえない。)、したがって、その使途は不明とするほかない。仮に、被告人らが供述するように、被告人及びHが、本件当日A方を出てから、その日のうちに喫茶店「××」に立ち寄り、のし袋を開いて現金五〇万円が入っていることを知り、その後被告人が他の寄付金と一緒にして盆踊り委員会の会計担当のLに引き渡したものであるとしても、これは被告人による所得の任意処分とみるのが相当であるから、その収賄罪の刑責に消長を来たさない。第二に、原判決は、五〇万円という金額が盆踊りの寄付金としては異例の多額であると評しつつも、そのような先例がなかったわけではなく、Aの資力に照らし必ずしも考えられない金額でもなかった旨指摘するが(弁護人も同旨の主張をしている。)、関係証拠によると、盆踊り委員会に共産党支持者でもないAのような業者が寄付する金額は多くてせいぜい五万円程度であったと認められるし、Aが並外れて大きな資力を有していることを窺わせる証拠も、被告人がそのように思い込んでいたことを窺わせる証拠も見当たらない。第三に、原判決は、被告人は前記⑤⑥の業者や市当局の説明を十分理解できず、積極的に業者側の意向に迎合して専らその要望に沿う有利な質問等をする意向を持って行動したとまでは認めがたく、⑧の自己の質問が業者の特段の便宜を図るもので賄賂の対象となりうる性質のものであるとの認識まではなく、⑥の帰り際の被告人の応答も、社交的儀礼として相手方の言辞を軽く受け流す類のものにすぎなかったとみる余地もある、旨説示している(弁護人も同旨の主張をしている。)。しかし、浄化槽問題についての業者らの説明が難解なものであったとは認められず、通常の理解能力を有する市議会議員には、業者の要望の核心を把握することは容易であったと思われる。また、Aら業者は、助成金制度の採用等に関し、公明党の議員らに積極的な活動を期待していたのであって、被告人に対しては、共産党が反対することを危惧して接近したのであるから(前記④⑤参照)、業者にとっては、被告人の⑧の程度の質問でも好都合であったわけであり、だからこそ本件金員を贈ることにしたのである。被告人の経歴や供述内容に照らすと、被告人が、業者らから前記⑤⑥のような説明を受け、⑥の際Aらから「あとでお礼をさせてもらいます」などと言われ、六月議会で⑧のような質問をし、本件金員の授受に際してAの前記のような言葉を聞いても、なおかつ公訴事実記載のような賄賂性の認識を持たなかったのではないか、と疑われるほどに鈍感な政治家であるとは到底認められない。

5 以上の検討結果によれば、本件公訴事実については、被告人の賄賂性の認識の点を含め、その犯罪の証明は十分というべきであるから、その証明がないとして被告人に無罪を言い渡した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるといわなければならない。論旨は理由がある。

三  結論及び自判

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄じたうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

前記公訴事実(要旨)のとおりである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法一九七条一項前段に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、被告人が判示犯行により収受した賄賂は没収することができないので、刑法一九七条の五後段によりその価額金五〇万円を被告人から追徴することとし、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官重富純和 裁判官川上美明 裁判官安廣文夫)

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